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知識・Tips
2026年03月30日
高分子の相構造形成を利用することで導電性接着剤の銀フィラー含有量の低減が可能であることを実証 (兵庫県立大学 岸肇教授)
アイデアのルーツは30年前の炭素繊維強化プラスチック研究
— 受賞の対象となった導電性接着剤はどのようなものですか。
岸:エポキシ主剤と硬化剤、トリブロック共重合体(以下、BCPと略記)、ナノサイズの銀フィラーを混合したものです(図1)。この混合物の中では自己組織化により、BCPの中央のブロック(PnBA)を主成分とする相と、それ以外の成分からなる相が形成されます。前者は細いひも状の連続相となり、そこに銀フィラーが集まります。熱硬化によりこの相構造を固定化すると(図2)、樹脂全体に銀フィラーを分散させる場合に比べ、少ない量の銀フィラーで導電性を発現させることができます。
— 高分子の相構造を利用して銀フィラーを集めるというアイデアはどこから生まれたのでしょうか。
岸:30年ほど前に、企業で炭素繊維強化プラスチック(Carbon Fiber Reinforced Plastics, CFRP)の開発に取り組んでいたときの経験がもとになっています。エポキシ樹脂の強靱化のため、エポキシと別の高分子をブレンドして相分離構造をつくらせる技術があり、私もポリエーテルイミド(PEI)という高分子を合成してブレンドしていました。その中で、炭素繊維がないときはPEIの海にエポキシの島がたくさん浮かぶ構造ができるのに、炭素繊維があるとエポキシ相が広がって炭素繊維を取り巻くことを見いだしたのです(図3)。連続炭素繊維は大きい上に動きにくいのでエポキシ樹脂成分が炭素繊維の周囲に集まり取り巻いたわけですが、もっと小さいフィラー材料ならフィラーの側がエポキシ相に移動していくだろうと考え、15年ほど前から、銀フィラーを対象としてこのアイデアを実証する研究を始めました。
銀フィラー含有量の低減を目指し、ミクロからナノへ
— そのときから受賞対象となった系で研究を始めたのですか。
岸:いいえ。最初はエポキシとポリエーテルスルホン(PES)の混合系を使いました。この系で長年、相分離構造形成によるエポキシ樹脂の強靱化の研究を行っていたからです。この系に銀フィラーを加えて硬化させれば、相分離が起こったときに、銀フィラーがエポキシとPESのどちらかの相に移動するだろうと予想しました(図4)。
実験を開始してから1年ほどで予想通りの結果が得られました。エポキシの連続相ができ、銀フィラーはそこに集まったのです。PESを加えない場合に約10 S/cmの導電率を得るには約80wt%の銀フィラーが必要でしたが、PESを加えると30ポイントも少ない量で同じぐらいの導電率を達成できました。銀フィラーは市販品を使用したのですが、表面がエポキシと親和性が高く、エポキシ相に集まったこともわかりました。
— 相構造を利用して銀フィラーを集めるという概念の実証に成功されたわけですね。それにもかかわらず、受賞対象の系も研究されたのはどうしてですか。
岸:エポキシ/PES混合系は樹脂粘度が高く、フィラーを入れるとさらに増粘し取り扱いにくいことが1つの理由です。加えて、ナノサイズの銀フィラーを使い、フィラーのサイズに見合った細いひも状の相に集めることができれば、もっと少ない量の銀フィラーで導電性を発現できるはずと興味が移りました。そして、そのような相構造を実現しうる系として、最初にお話ししたエポキシ/BCP混合系に着目したのです。
実は、この混合系も、相構造形成による樹脂の強靱化を研究するために使っていました。ただし、相構造形成のメカニズムは、エポキシ/PES混合系とは少し異なります。エポキシ/PES混合系では、重合反応によって相分離が引き起こされますが、エポキシ/BCP混合系では、自己組織化により相構造が生じます。
自己組織化について詳しく説明しましょう。BCPは、疎水性のPnBA鎖の両端にPMMA鎖がついたもので、硬化剤であるアミンと混合して加熱すると、PMMA鎖の一部のメトキシ基が加水分解されてカルボン酸となり、親水(親エポキシ)性が付与されます。これによってBCPは両親媒性分子となり、エポキシ中での自己組織化によりミセル(相)構造が生じます。弊研究室に所属していた博士課程の学生
が、ナノ相構造形態にはいくつかの種類があり、カルボン酸の生成量をコントロールすることで望む種類の相構造をつくれること、相構造の種類によって破壊靱性が異なることを明らかにしました。
自己組織化によってできる相構造は、エポキシ/PES混合系の相分離でできる相構造よりもずっと小さく、数十ナノメートルサイズです。なかでも、相構造の一種である「湾曲ラメラ」ではPnBAを主成分とする帯状の相ができるため、この相にナノメートルサイズの銀フィラーが集まれば、少ない量の銀フィラーで導電性が発現するだろうと予想したのです(図5)。
— こちらの系でもすぐに予想通りの結果が得られたのでしょうか。
岸:いいえ。こちらの研究にはずいぶん苦労しました。ナノサイズの銀フィラーは高価なため、研究室で自作に取り組んだのですが、金属微粒子は私の専門外ということもあって、なかなか成功しませんでした。10年にわたり4代の学生たちが試行錯誤してくれた結果、炭酸銀をアルキルアミンで還元するという方法にたどり着きました。この方法で作製した銀フィラーは、アルキルアミンで被覆されており、PnBA相との親和性が高いと期待されました。
このナノ銀フィラーのスラリーをエポキシ/BCP混合系に加えて硬化させ、導電率を測定したところ、サブマイクロメートルサイズの銀フィラーとエポキシ/PES混合系を使った場合に比べ、ずっと少ない含有量の銀フィラーで導電性を発現することが確かめられました(図6)。概念の実証ができたわけです。
実証した概念が誰かの製品開発のヒントになるなら嬉しい
— 論文を拝見して、ナノ銀フィラーが集積するメカニズムを確かめるために膨大な実験をされたことに驚きました。
岸:概念を検証する研究では、結果が出ただけでは不十分で、何故その構造が生まれたのか、そのメカニズムを明らかにする必要があります。そのために様々な側面からの実験や解析を行いました。
まず、どのような相構造ができているのかを電子顕微鏡で観察しました。エポキシ/BCP混合系がつくる相構造は、ナノ銀フィラーが加わったときに変化する可能性があるからです。実際、樹脂だけの場合に形成されるPnBAの湾曲ラメラ構造は、ナノ銀フィラーを加えると細いひもからなる網目状の構造に変化していましたが、このひもは数十ナノメートルの厚みがあり、そこにナノ銀フィラーがちゃんと入っていることが確かめられました(図2参照)。
ところが、炭酸銀からナノ銀フィラーをつくる際に使用するアルキルアミンの濃度を上げていったところ、ナノ銀フィラーがPnBA相ではなくエポキシリッチ相に入るという現象が起こりました(図7上段)。これは、ナノ銀フィラーの表面に何らかの変化が起こり、PnBA相よりもエポキシリッチ相との親和性が高くなったためだと考えられます。
そこで、製造時のアルキルアミン濃度によってナノ銀フィラーと2つの相の親和性がどのように変化するかを、ハンセン溶解度パラメータ(HSP)を用いて評価しました。その結果、製造時のアルキルアミン濃度の増加につれて、ナノ銀フィラーと親和性の高い相がPnBA相→エポキシリッチ相→PnBA相→エポキシリッチ相と交代することが示唆されました。一方、ナノ銀フィラーの表面を覆っているアルキルアミンの分子数を求めたところ、製造時のアルキルアミン濃度の増加につれて分子層の数が増えることが示唆されました。これらの結果から、アルキルアミンの層が積み重なるときに分子の向きが交互に変わる(図7下段)ことで、親和性の高い相が交代したのだろうと推測しました。
— 論文賞受賞の感想を一言お聞かせください。
岸:学生たちがバトンを引き継ぎながらコツコツと研究を重ねてくれたことに感謝しています。論文賞の授賞式があった日本接着学会の年会には、アメリカ勤務者以外はこの論文に関わった卒業生全員が集まってくれました。学生としての在籍当時はどういう形にまとまるのかわからずにやっていた実験が実を結んだことをみんな喜んでくれ、私もうれしかったです。
— 今後、この研究をどのように発展させようとお考えですか。
岸:導電性接着剤の概念実証の研究としては、一区切りついたととらえています。企業の方がこの概念に興味をもち、実用化に向けてよりよい材料と製造法を開発してくださればと思います。
研究の発展としては、今回の概念を導電性に限らず他の機能性材料に拡張することが考えられます。多くの企業の方が相構造とフィラーとの関わり、選択配置の活用に関心をもち、様々な材料の開発に役立ててくだされば本望です。
取材・執筆:サイテック・コミュニケーションズ 青山聖子(ライター)
サイテック・コミュニケーションズ:日本科学未来館開設時の展示制作に関わったメンバー4名によって設立。以来、新しいメンバーを加えながら、科学研究や技術開発の情報を、「オモシロイ!」「スゴイ!」と感じられる形にして世界中にお届けしたい、という思いで活動しています。
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