ものづくり 2026年01月30日

企業が開く「つくる場」は、どう変わり続けてきたのか——ソニー・クリエイティブラウンジの10年間

 3Dプリンターやレーザーカッターが身近な存在になってから、気づけば10年以上が経ちました。2010年代前半に盛り上がったメイカームーブメントは、多くの人に手を動かしつながる喜びをもたらしましたが、その一方で、メイカースペースやファブ施設と呼ばれる場の運営においては、経営的な難しさも次第に顕在化していきました。
大規模なスペースの撤退や縮小が相次ぐなか、現在は個人や小規模な団体による運営が中心となり、収益性よりも地域のハブとしての役割を重視した場づくりが目立つようになっています。
そうした流れの中で、2014年に生まれ、現在に至るまで運営が続いている企業主体のスペースがあります。それが、品川のソニーグループ本社内に設けられた「クリエイティブラウンジ」です。
日本のものづくりを象徴する企業の中に生まれたこのスペースは、長年培われてきた社員の自発性やチャレンジ精神と結びつき、数々のプロジェクトを後押ししてきました。さらにコロナ禍を経た現在、クリエイティブラウンジでは、フィジカルな交流やイベントの場としての役割がより強まっているのだとか。
企業が運営する「つくる場」に求められるものは、この10年でどのように変化してきたのでしょうか。その変遷を、クリエイティブラウンジの運営に携わってきた立花誠さんへのインタビューを通して紐解いていきます。

「社内で新規事業を生むための場」として始まった

ソニーグループ株式会社 Business Acceleration and Collaboration 部門 Open Innovation and Collaboration 部 OIC Planning Team 統括課長 立花誠さん
——この場所ができたきっかけを教えてください。

クリエイティブラウンジは2014年に立ち上がり、現在で11年ほどが経つ場所です。私は2016年頃にこの部門に加わったため、立ち上げそのものには関わっていませんが、その後、管理責任者として運営に携わってきました。
この場所は「ソニーアクセラレーションプラットフォーム(SAP)」という取り組みから生まれました。現在は事業開発全般を担う部門へと発展していますが、当初は社内から新規事業を立ち上げることを目的にスタートしたものです。社長直下の取り組みとして、新規事業を生み出すための舞台を用意しよう、という考えがありました。
今のソニーにはエンターテインメント企業としての側面もありますが、根底にはエンジニアリング、つまりものづくり会社としての文化があります。新しい事業に挑戦する際にも、エンジニアが自ら手を挙げ、プロトタイプを作り、それを事業につなげていくという発想は昔から根付いていました。
そうした背景から、イノベーションを生み出すためのプロトタイピングの場であり、同時に人が集まりアイデアを練るためのオープンな空間として、クリエイティブラウンジは立ち上がりました。それゆえ、ものづくりの機能を備えつつ、イベントや交流のためのスペースとしても使える設計が意識されています。
結果として、ものづくりに特化しすぎなかったことが、一般的に短命になりがちなメイカースペースとは異なり、この場所が長く続いてきた理由の一つと言えるかもしれません。
レーザー加工機やCNC切削加工機などが並ぶ
——自発的にものを作るカルチャーが、もともと社内に根付いていたのですね。
 
ソニーにはもともと、業務をきちんとこなした上で、余剰の時間や業務外の時間を使って、自分たちのアイデアを形にする文化がありました。私自身も当時、携帯電話部門に所属しながら、個人的にものづくりをしていた一人です。
 
作ったものは趣味として終わることもあれば、商品化を目指して上司や責任者に見せ、提案することもありました。10年以上前から、会社としても新しいアイデアに対して比較的協力的で、部門ごとにアイデアコンテストのような取り組みも行われていました。SAPでも社内オーディション形式で新しい事業アイデアを募り、そこからプロダクトを作っていく活動を実施していましたね。
 
クリエイティブラウンジに導入する機材については、初期の立ち上げメンバーが「プロトタイプを作る上で最低限必要なもの」という観点で選定していました。当時はメカ系のバックグラウンドを持つメンバーが多く、ハイエンドな3DプリンターやCNC、基板切削機など、業務レベルでも使える機材を中心に取り揃えられていました。
この場所で作られた様々なサンプル
電子回路基板の形状加工を行う機材
——この場所から生まれたプロダクトには、どのようなものがありますか?

たとえば、アナログの美しさとウェアラブル製品としての利便性を備えた腕時計「wena wrist」や、アプリとつながるIoTブロック 「MESH」などが代表的です。
もちろん、すべての開発がこの場所で完結しているわけではありませんが、初期のプロトタイプをここで作り、メンバーが集まって短期間で一気に形にする、という使われ方は多かったです。当時は社内オーディションも活発で、その拠点としてこの場所が機能していました。
教育現場などで長く親しまれる「MESH」も、クリエイティブラウンジでの試行錯誤から生まれたアイテムだ

コロナ禍を経て、リアルな場の価値が浮かび上がった

——クリエイティブラウンジはオープンスペースが広く、レイアウトも流動的に変えられる空間ですよね。

立ち上げ当初から、ものづくりとイベントの両方に使える場として構想されていました。コロナ以前は、ほぼ毎日のように誰かしらが集まり、業務なのか業務外なのかも曖昧なまま、自然発生的に打ち合わせや議論が行われていたそうです。
基本的にはソニーグループの社員であれば利用できますし、社員の紹介があれば社外の方を招くこともできます。社内のスペースでありながら比較的オープンな使い方ができる点は、この場所の大きな特徴の一つですね。本社内でも社外の方を招きやすい場所にあるため、コラボレーションを前提とした思想が空間にもあらわれています。

——最近はイベント利用が増えていると聞きました。

そうですね。現在、機材を誰でも利用できる日は週に2日ほどで、それ以外はイベントでの貸切利用がメインになっています。特に、社外の方を招いたイベントのニーズが非常に高まっています。
利用の目的も、ものづくりを主軸としたものだけでなく、オープンイノベーションや交流を目的としたものへと広がってきました。必ずしもハードを使うわけではありませんが、「何かを生み出したい」「次につながるきっかけをつくりたい」といった文脈で使われるケースが多いですね。
コロナ禍を経てオンラインでのやり取りが一般化した一方で、リアルな場で人が集まり、偶発的に出会い、対話することの価値が、あらためて見直されていると感じています。
——以前よりも「つくること」の裾野が広がっているのですね。今後、強化していきたい点はありますか?

イベントとものづくりのバランスを取りながら、この場所ならではの価値を高めていきたいと考えています。単なるイベントスペースになってしまうことは、できるだけ避けたくて。
そのためにも、プロフェッショナル向けの機材だけでなく、誰でも使いやすい簡易的な機材を取り入れてきました。缶バッジ製作機や衣類にも使えるプリンター、大判印刷機などの機材がその一例です。新規事業を進める中では、イベント用のグッズや展示物を自分たちで制作できることが重要になる場面も多く、エンジニアでなくても使える機材を意識して揃えています。
社内外のさまざまなメンバーに、ものづくりの楽しさを実感してもらうことで、挑戦する人をさらに増やしていきたい。イベントが増える今だからこそ、その土台としての「つくる体験」は、これからも大切にしていきたいと考えています。
缶バッジづくりはイベントで人気
取材時にも立花さんの同僚の方がオリジナルのグッズを制作していた

ものづくりの支援から「型」が生まれた

——社内の新規事業開発という当初の位置づけは、この10年で変化しましたか?

かなり変わりました。もともとは社内の新規事業を育てるための取り組みでしたが、実績が積み重なるにつれて、「大企業の中で新規事業をどう立ち上げるか」といった相談が、社外から寄せられることも増えてきました。
そこで6〜7年ほど前からは、SAPは社外や他部署に対してもサービス提供を始め、新規事業に限らず、事業開発全般の支援を行うようになっています。これは、ソニー社内の各所で、自発的に新規事業に取り組める土壌が育ってきたこととも関係しています。

——企業が運営するスペースとして、社内からはどのような評価を受けているのでしょうか。

単体で見ると、どうしてもコストの話は出てきます。ただ、事業開発を推進するためのプラットフォームの一つとして捉えると、価値は説明しやすいと感じています。特に、社外と連携するオープンイノベーションの象徴的な場所として機能している点は大きいですね。社内に閉じず、外とつながるためのリアルな場として、一定の役割を果たしていると認識されているはずです。
企業内のメイカースペースは、どの部署が運営するかによって立ち位置が難しくなりがちですよね。ビジネスとして何を生み出しているのかを説明できなければ、長期的な運営は難しい。だからこそ、この場所も、単に機材を置いているだけではなく、事業開発や交流といった文脈の中で価値を示していく必要があると考えています。
 
——新規事業開発の「型」のようなものが、クリエイティブラウンジやSAPの推進によって生まれてきたのだと理解しました。会社のフェーズや環境に応じて、「場」に求められる役割も変わってゆくのですね。

変わり続けることが、価値になる

時代とともに、スペースに求められる役割は変わっていきます。ものづくりそのものに固執するのではなく、開かれたつながりを生む「ラウンジ」としての価値を大切にしてきたこと。その姿勢が、運営に携わるメンバーとともに積み重ねられ、現在のクリエイティブラウンジ へとつながっているように感じられます。
また、新規事業を生み出すためにアクセルを踏み続けてきた場から、その過程で培われた「型」が生まれ、SAPとしての事業ドメインが変化してきたことも、大きな転換点となっていました。社内から社外へと広がりながら、オープンイノベーションの土壌が途切れることなく続いている点は、非常に印象的です。

最近の取り組みを聞かせてもらう中で、特に印象に残ったのが学生向けのワークショップでした。新規事業のアイデアを考えるだけでは終わらず、AIによって生成した画像を用いて、UVプリンタやレーザーカッターと組み合わせてノベルティを完成させたそう。画面の中だけで完結していたアイデアでも、実際に手を動かし、成果物を持ち帰れる体験は、参加者に確かな手応えとして残るはずです。
 
「つくる楽しさを伝えていくことも大事だと思っています」
 
そう語る立花さんの言葉からは、この場所がこれから生み出していく新たな価値の輪郭が、静かに立ち上がってくるように感じられます。
 
ただ作るだけの場所ではなく、集まる場所へ。人と人、人と企業、企業と企業が出会い、そこから新しい価値が生まれていく。もしかすると、その場にデジタルファブリケーション機材は、必ずしも欠かせない存在ではないのかもしれません。それでも、ものづくりが時代を形づくり、人の心を動かしてきた歴史は、紛れもないものです。
 
そんな価値を知る人がいるからこそ、輪は広がり、次の世代へと手渡されていく。クリエイティブラウンジは、これからも「自分のアイデアを形にし、誰かに伝える」という、クリエイティビティの根源を支えるツールたちとともに、変わり続けていくのだと思える時間でした。

ライター:淺野義弘
1992年長野生まれ。大学で3Dプリンタに出会いのものづくりの楽しさを知る。
ライターとして取材執筆に励みながら、墨田区で自分のファブ工房「京島共同凸工所」を運営中。
X(Twitter) https://x.com/asanoQm
個人サイト(リットリンク) https://lit.link/asanoQm

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